コンピュータで不正行為? コンピュータ将棋を使って将棋の対局に勝てるか

3日前の10月12日(水)、公益社団法人 日本将棋連盟(以下、将棋連盟)が、第29期竜王戦七番勝負の挑戦者が変更されたことを発表し、数多くの将棋ファンを驚かせました。ニュースは一般のマスコミにも取り上げられて広く知られることとなり、「コンピュータの助けを借りてプロ棋士が対局に勝つことができるのか?」という解説も各方面で行われたようです。当協会の関係者や学識経験者も取材を受けています。大変なことではありますが、コンピュータ将棋の技術について周知されるに適した機会ですので、当ブログで簡単な解説を試みます。

不正行為は可能?

20年以上前からサービスが行われているネットの将棋サイトの多くで「将棋コンピュータソフト使用禁止」とされていることをご存じの将棋ファンの皆さんにとっては、将棋ソフトの有効性は明らかでしょう。プロレベルでも通用するのか、という点が議論の焦点ですが、今年行われた第1期電王戦でも、その前の過去4回の電王戦でもコンピュータが好成績を収めていることから、コンピュータソフトに実戦の局面を入力してコンピュータの示した手をそのまま実際の対局でも採用する、ということを実行できれば、プロでもほとんどの対局で勝てるでしょう。

プロ棋士の対局でコンピュータソフトの助けを得る方法については、対局中に席を外してスマートフォンを使う、という説が各方面で示されています。強いコンピュータ将棋ソフトの多くはパソコン用に開発されたものですが、その一部はスマートフォン用に移植されているようで、スマフォアプリの実力はノートパソコンと同等以上、と言われているそうです。携帯電話の計算力はパソコンに引けをとる、と考えられることが多いのですが、最近のスマートフォンはメモリ容量も大きく、CPUの動作クロックも速いので、制約はパソコンよりは大きいものの、将棋が目に見えて弱くならざるを得ないほどのハンディキャップがあるとはいえません。

仮にスマートフォン将棋アプリの実力が物足りなかったとしても、パソコンソフトをスマートフォンで遠隔操作して使うことが可能です。よく使われるのは「リモートデスクトップ」と呼ばれる、インターネットを通じて携帯端末上に遠隔地のパソコンの画面を映し出すとともに、パソコンのマウスやキーボードの操作を携帯端末上で行うことを可能にする技術です。リモートデスクトップを利用できるアプリは、iPhoneやAndroidなどで容易に入手できます。

以上から、対局中に席を外し、携帯端末等を操作する姿を他人に見られないようにすることさえできれば、不正行為は技術的には容易、ということになります。本日すでに第1局初日を終えている第29期竜王戦は2日制、すなわち今この時間帯、対局者は監視下に置かれていません。信頼できる共犯者さえいれば不正は容易な状況であり、ある意味でこの問題は、家元同士で何日もかけて対局が行われ、指しかけの夜は門弟が局面の研究に参加していた、と伝えられている江戸時代から存在していたともいえます。

古くて現代的な問題

今回の騒動は、人工知能 (AI) の技術に注目が集まる昨今を象徴するニュース、と言えるでしょうが、コンピュータで不正行為が可能ではないか、という指摘はかなり以前からあり、対策や人々の意識の遅れが懸念されていました。将棋の場合、「詰将棋を解く」技術に限れば、およそ四半世紀前の時点ですでにトッププロを凌駕しており、この力を借りればプロレベルでも大きな助けになることが知られていました。詰将棋を解く技術として現在よく知られているのは、1995年に発表された、共謀数(証明数)を用いて多重反復進化を行うアルゴリズムですが、それ以前からハッシュ表などの実装を向上させることで100手を超えるような長編の詰将棋の一部が解けることが研究で示されており、仮にこの技術を実戦で使えれば大きな影響があることは明らかでした。今春の名人戦では、第2局で羽生善治名人が佐藤天彦八段の玉を詰ますことができず逆転負け、逆にこの勝利をきっかけに七番勝負の残りを連勝した佐藤八段が名人位を奪取しましたが、過去にも詰みを逃したり、自玉の逃げ方を誤って詰まされ勝ちの将棋を負け、というドラマがタイトル戦ほかトッププロの対局でも多数起きており、この部分でコンピュータの助言を得られていれば、その後の歴史が変わったであろうと推定されます。

他分野の状況

コンピュータチェスのディープブルーがニューヨークでチェス世界チャンピオンのカスパロフを破り人類の敗北として大きく報じられたのは、もう19年も前のことです。チェスのグランドマスターが出場する海外の大会で携帯端末等を用いた不正行為が行われたニュースはすでに複数報じられています。チェッカーやリバーシ(オセロ)ではもっと前からコンピュータが人類を上回っていました。本格的なAI時代が到来する前から、コンピュータの助力による不正はすでに現実の問題でした。

もっとも、競技としてのゲームや、受験などテストの不正行為を除けば、コンピュータの力がむしろ人類の利益であることは、現代人なら誰もが知るところでしょう。コンピュータが不可欠な時代に入って久しいことはすでに自明であり、要は付き合い方、ということはすでに多く語られているとおりです。

おわりに – 冷静な議論を

今回の事件は、コンピュータ将棋の技術があたかも実世界に悪影響を及ぼしてしまったかのような騒動になっており、筆者を含めた多くのコンピュータ将棋関係者が残念に思っています。批判の声も強いのですが、少し冷静になって公式発表報道を読むと、不正行為が判明したために出場停止処分が課された、という事実は伝えられていない、ということがわかります。処分を受けた棋士が不正行為を行ったとも、将棋連盟がそのように断定したとも、事実として確定されていません。先述の通り本日すでに対局初日であり、タイトル戦前日の検分や前夜祭の日程を含めると、聞き取り調査が行われたと伝えられる今月11日からの時間的猶予は3日しかありませんでした。その間に対局者交代などさまざまな影響を考えれば、最悪の事態が関係者の努力によって避けられた、とも考えられます。

イノベーションによって社会生活が大きく変わることは、コンピュータ将棋やAIの分野に限りません。AI関連分野では、たとえば自動車の運転をAIが行う技術が注目されています。この技術が進歩した未来においては、職業運転手の失業が問題になる恐れもありますが、痛ましい交通事故の犠牲者が確実に減らせる恩恵の方がずっと大きいでしょう。本記事が技術への正しい理解につながり、ひいては社会における議論が正確かつ冷静に行われることを願っております。

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コメント:1個

  1. imaより、 2016/11/10(木):

    今度可能でしたら角換わり千田流(ポナンザ流)についてお願いします。
    おそらく升田幸三賞を獲ると言われています。
    勝又先生の観戦記に詳しいです。
    http://originalnews.nico/2720

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